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菩提寺記

明日の話

廃寺跡に立つ

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お寺は仏像やお墓があるところで、住職が住んでいる。信者のお葬式や法事をして、お布施をもらってお寺を維持している。何らかの理由で、維持できなくなれば廃寺となる。開山した人は尊ばれるけれど、廃寺にした人も状況をしっかり見られた人だ。物事のはじめも、途中も、後片付けも大事だ。

お寺は仏式で先祖を供養したい人の結び目。そこに行けば、仏像があって、お墓があって、住職がいて、お葬式や法事を依頼できる。檀家制度が絶対的でなくなった現在、お寺を維持しなければいけない理由は減ったのだろうか。

私は阪神淡路大震災を経験しているけれど、それ以降の東日本大震災などでも、たくさんのお寺が廃寺になった。お寺に限らず、国の支援が必要だとか、中央組織の支援が必要だとか、元に戻したいという気持ちは分かるけれど、あるだけのものでやったらどうだろうか。努力したけれど、これだけのものができたとか、残ったお金のおかげで片づけることができたとか。

終わらせることは悪いことではない。幼少の頃、幼馴染の家は寺だった。先の大震災で寺を廃寺にした。その廃寺跡に立つと、建物がなくなるとこんなにすっきりするのかという思いと、今は無き建物や兄弟で銀杏取りに来た思い出などを想像することができた。ただ、記憶よりも狭く感じられたのは何故だろう。廃寺だって、そんな結び目に成り得る。

そこには、いずれ、必要な時に必要なものが現れる。

※ この内容は歴史上の事実を現わすものでも、特定の学説や宗派を優位・劣位にするものでもありません。

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